はねしろにっきちょう

創作してる人の至極プライベートな独り言。

人を誉める事。

何年か前に「声劇界隈で一番○○(誉め言葉)な脚本を書くのは羽白深夜子だ」とツイートを見かけて、お前、お前ほんとふざけんな、と数日イライラした事がある。
ぱっと見て「は?無理……」となった。どれだけ快く受け取ろうと思っても無理だった。
対人関係において私は滅茶苦茶潔癖で神経質で、人から「誉められる事」がものすごく苦手だ。

人の誉め方は、上手い下手は如実に出ると思う。私はそう思っている。
上記した誉め方の「他と比べる事」「過大評価」(少なくとも私はそう思う。声劇界隈には即した、面白い本を書く方は沢山いる)はたまたま、私が最も嫌いなトップスリーに入る誉め方だった。
主観を表してくれるのは結構だがそこに「声劇界隈で一番」という文言は本当に、本当に必要な文言だったのだろうか。「羽白深夜子は○○が上手い」これで良かったのではなかろうか。
感性とは個々、多々ある物だが、如何せん発信の仕方を考えてくれ、と思ったツイートだった。
少なくとも私は「何処で一番良い」だなんて個人の主観で全世界に発信されるのはすごくモヤっとする。

本当に極たまにTwitterのタイムラインで、私宛の「好き」や「素敵」を空リプ(通常のツイート)してくれているのを見かけるが、余程親しい人でない限り心内でありがたく思う程度に留めている。
私が好きになる方は本当に、男女問わず、人を誉めるのが上手い。直接届けてくれたり、ここぞという時に届けてくれたり、私が最も嬉しい方法、タイミングで届けてくれる。
同じ空リプにしたって、(多分)私に見える様に発信してくれているのだと思う。結構な確率で見付ける。発信が上手で、そしてそれが一度二度ではなく、何度も、何年も続けてくれる。私がその人をどれだけ好ましく思って居ても、相手が受け止めてくれない限り、同じように発信して貰えなければ、続いていく事は絶対にないのだから。
寧ろそれが上手な方が好き、もっと親しくなりたい、色々お話したい!と私もなるんだと思っている。気持ちのタイミングが合う人が好きなんだと思う。
我儘なのは十二分に承知しているが、趣味に携わる人間関係くらいは我儘を言っていたい。

そんな風に考えて居る人間もいるのだと、まあ、ふーんと思って貰えたら。人と関わるのは考えれば考える程難しい。考えるのを止めたらいいのにね。